5つの制度の活用事例や新制度の特集コラムを掲載しております。
高橋 都
岩手医科大学・東京慈恵会医科大学 客員教授
国立がん研究センター客員研究員
日本内科学会認定内科医、日本医師会認定産業医、一般社団法人社会医学系専門医協会社会医学系指導医
2013年から7年間、国立がん研究センターがんサバイバーシップ支援部長を経て、
2020年から、岩手医科大学と東京慈恵会医科大学の客員教授を務める。
一貫して、がんと診断されても充実した人生を実現するための研究と社会啓発に取り組んでおり、
港区立がん在宅緩和ケア支援センター「ういケアみなと」のアドバイザーとして運営支援にあたっている。
共編著書として、「企業のための就労支援マニュアル」(2016)、「終末期医療」(2012)、
「死生学5~医と法をめぐる生死の境界」(2008)
仕事はあなたにとって、どんな意味を持ちますか?
単に収入源というだけでなく、さまざまな意味があることでしょう。私はもともと内科医ですが、この10年ほど「がん治療と仕事のバランス」について研究をしています。
がん治療が暮らしに及ぼす影響について患者さんにインタビュー調査をしていたとき、仕事の悩みを語る方がとても多いことに驚いたのがきっかけでした。研究を通じて、働くがん経験者の方々、人事労務の方々、そして産業医や産業保健師の方々とのご縁を得ましたが、それは医療業界という狭い世界で活動してきた私自身の目が、社会に対して大きく開かれるきっかけになりました。
その後、家族のがん発病により自分の働き方も考え直す必要に迫られました。そして実感したのは、これはがんだけの話ではないということ。そして、たとえ同じ病気や治療であっても、周囲とのコミュニケーションや就労環境によって、苦労の程度には大きな違いがあるということです。
私たちは誰でも何らかの事情を抱えながら暮らしています。病気の治療と仕事のバランスをとるための工夫は、育児や介護も含めた、ほかのさまざまな働きづらさへの対応にも応用できるかもしれません。
何らかの病気と診断されたとき、仕事への影響は人によって大きく異なります。
がんの場合は、その種類や治療内容といった医学的条件にも左右されますが、同じ治療を受けても副作用の出方には大きな個人差があります。その人の職種や職位、そして就業規則や企業文化によっても状況が違ってくるでしょう。ひょっとしたら、「がんになったら戦力外」という思い込みが、職場関係者とご自身の双方にあるかもしれません。
意欲と能力を持つ社員を簡単に失ってしまっては、会社にとって大きな損失です。がんの治療はまさに日進月歩です。病気のイメージにとらわれないことも大事です。
病気がわかったときの対応には、いくつかポイントがあります(下記「ご自分や家族ががんとわかったときの10ヶ条」参照)。
仕事とは無関係に発生した病気のことを、「私傷病」と呼びます。労働災害であれば会社がさまざまな手続きをとってくれますが、私傷病の場合は、基本的に自力で対応する必要があります。
がんと仕事に関するインタビューやアンケートを積み重ねていたときに痛感したのが、がんになったことに驚いて後先考えず仕事をやめてしまう「びっくり離職」が多いことでした。
診断時に働いていたがん患者の離職率は約3割にのぼりますが、離職のタイミングで一番多いのは、診断から治療が始まるまでの間です。労働者は公的制度や会社独自の支援制度に守られていますが、やめてしまうとせっかくの支援制度が使えなくなります。
まず、自分にどのような権利があるのか把握することが大事です。
とは言っても、実際に必要が生じるまで、就業規則を詳しく読み込む人は多くありませんよね。私もそうでした。関連する箇所を探すだけでも一苦労です。最近、がんなどの私傷病の際に活用できる支援制度をまとめたガイドブックを作る会社が増えています。就業規則の該当箇所・手続き・相談窓口などをわかりやすく解説したガイドブックは、いざ病気になったときにまず参照するツールとして、とても役立つと思います。
職場関係者とのコミュニケーションも課題です。がんと診断された多くの方が、病名や治療内容を職場に報告するかどうか、報告するなら誰にどこまで話すべきか悩みます。最近のがん治療は外来で行なわれることが増え、入院が不要、あるいは短期間で済む場合も増えています。その気になれば、会社には秘密にして有給休暇でやりすごせるかもしれません。
しかし、がん治療は数年続くことがあり、アップダウンがあるにせよ、何らかの体調変化をきたすことが少なくありません。長い目で見れば、上司・人事労務担当者・産業医や産業保健師などに相談して、職場での適切な配慮を考えてもらうほうが得策ではないかと思われます。そのほうが、一時的にせよ仕事をカバーしてくれる周囲の理解も得やすいでしょう。
職場に話すことで何か不利益はないか、周りから浮いてしまわないか。ご本人はさまざまなことを心配します。ある人事の方から伺ったのですが、その会社の管理職研修では「もし部下から病気を打ち明けられたら、まず、『話してくれてありがとう』と言おう」と伝えているそうです。病気に限らず、困ったら相談しやすい雰囲気が職場にあるのは大切なことですね。職場関係者、特に最初に相談されることが多い上司の皆様には、慌てないでご本人の話を聞き、ご本人がどうしたいと考えているのか、耳を傾けていただきたいと思います。
私は前職の国立がん研究センターで、2014年から5年間、「がんと共に働く~知る・伝える・動き出す」*というプロジェクトに参加しました。実際にがんと診断されたあとも仕事をつづけた、がん種も進行度も様々な25名の方々にインタビューをさせていただき、両立を支えた会社関係者も交えたセミナーや意見交換会を開きました。
そこで驚いたのは、たとえ病状が厳しくても、仕事を通じて会社に貢献できているという方が多いという事実でした。また、みなさんが自らの体験を会社や社会に役立てたいと考えておられました。会社関係者には、働きやすい会社をつくっていこうとするコミットメントを感じました。プロジェクトの公式サイトでは、25通りの「両立体験」を、読むことができます**。
自分や家族の命を直視する体験は、その人の中に大きな変化をもたらします。がん体験が、働くことの意味や、自社の製品・サービスに対する見方を変えることもあります。病気を通じて異なる視点を得て、社会の多様性への理解を深めることが、社会人としての強みになるかもしれません。そのような体験を持つ社員がいる会社、そういう社員と共に歩もうとする会社は、強いのではないでしょうか。
病気を含めた様々な働きづらさから学び、それを会社や社会に活かしていきたいものです。
1.離職を早まらないで!...時間の余裕はあります
2.自分の権利を知りましょう(公的支援・社内支援制度)
3.職場で相談できる人を見つけましょう(上司・人事・産保スタッフ)
4.仕事や医療費のことも病院関係者にも相談してみてください
5.治療計画と副作用を理解し、会社に説明しましょう
6.会社が知りたいことを主治医に伝えましょう
7.あったら助かる配慮を具体的に職場に提案してみましょう
8.できることをアピールしましょう
9.無理をしないで自己管理 ←周囲は忘れるものです
10.気遣いと感謝は潤滑油